もう6年ぐらい経つ。夜の海老名を歩くのだ。
海老名には、栄えてる方と栄えてない方がある。
今夜、後者のあぜ道を歩くと、月明かりに中空に照らし出された、ロボット物のアニメのワンシーンのような、
近代的な鉄塔の許で、クエ、クエと鳴くものがある。
● ミスチルの歌を
口ずさむ。
また僕を育ててくれた景色が
あっけなく金になった
思い出すのは中学生の頃のことだ。
● 兼業農家
だった実家は、じいちゃんが亡くなり、田んぼを埋め立てることになった。
それまで物心ついた頃から、土の匂いをかいで育ったつもりだった。
あぜ道にしゃがみ込むとオタマジャクシがうようよ泳いでるのが見えた。
だからオタマジャクシが可愛いと思ったことはない。
何か、気持ちの悪い、畏れのようなもの、生命の気持ちの悪さのようなものを感じて育った。
しかしその横で
じいちゃんが帽子をかぶり、白い手ぬぐいをおしりのポケットに垂らして、丸首シャツを着て汗をかいてる。
畦に生える先の細い雑草の向こう、遠くを走るバイパスからかすかに聞こえる車の音や、
ただ頭上眼前に広く広がる空と、そのふちに気が遠くなるほど大きく立ち昇る真っ白な入道雲。
● そういうのを
見て育った。幾夏も、過ごした。
つもりだったが、今はもう、人生の中の一瞬のできごとになっている。
が、だ。
● 中学生の頃
ショックだったことは、
1つには、大好きだったじいちゃんのいた田んぼが、砂利で埋め尽くされたこと。
「また掘り返せば、田んぼになるんだよね、」と父に問うと
ーばーか、いっぺん埋め立てた田んぼが、元に戻るかよお
と、ちびまるこちゃんの宏みたく、斜め下目使いで鼻を鳴らし、笑われた覚えがある。
この不可逆宣言がまずショックだった。
その埋め立てたお陰で、得たお金のお陰で6年も大学へやってもらった。
● 時を同じくして
ショックだったことは、
近所の三つ角にあった、樹齢不明なほどの大柳が、ある日の昼、電動ノコで切り倒されたことだった。
こちらも曲にした覚えがある。
巨大で得体の知れない生命が、薄く白煙を吐くモーター音の前で、あっけなく、何の抵抗も祟りも障りも呪いもなく、
傷つけられ、乾いた切り口を風に晒してなお、それを僕の前で甘んじて受け止めていることに、
何だかひどく裏切られたような気持ちになったのを覚えてる。
● なんというか、
木だことの、土だことの、といったものに過敏なのかも知れない。
なんか。
海のない山梨のど真ん中に育ったためか、
サザンの歌は確かに大好きだし桑田さんを尊敬してるが、海よりも川が好きだし、
磯の匂いより、山で雨が近づく曇り日の、霧がかった空気の匂いのほうが落ち着くのだ。
ワカメよりワラビ、というか。
● 何というか
もやもやしてたことを、29の時に聞いたミスチルの櫻井さんのランニングハイによって言語化された気がしたのだ。
亡霊が出るというお屋敷を
キャタピラが踏みつぶして
来春ごろにマンションに変わると代理人が告げる
また僕を育ててくれた景色が呆気なく金になった
少しだけ感傷に浸った後「まぁ それもそうだなぁ」
そして32で海老名に越して来て思ったのは
● 田んぼ,多っ
という。
海老名のカフェでカフェメシをお嫁と食べてると,隣で会話が聞こえる。
-いやあ,この辺は風情があって,・・・小新潟といった所ですわ,はっはっは
「小新潟」ていうんだ。
「小京都」みたいなもんか。
なんだこのノスタルジー。
「小山梨」でもいいんじゃ・・・
いや,それなら山梨が「小海老名」なのでは・・。ハァハァ
など。
● 小新潟
と称された,海老名栄えてない方だったが,その後,
● ららぽーと
ができるらしい。
日経の記事:http://www.nikkei.com/article/DGXNZO50351210X00C13A1L82000/
amebaの座間のかずさんのページ:http://ameblo.jp/lalapo-ebina/entry-11504852249.html
なんというシナジー。
亡霊が出るということはないのだが,今夜あぜ道を夜,一人歩くと
● 振り返れば
月は満月に近く欠けており,皓皓と照らす夜の空に,巨大な鉄塔が立っている。
昼に見たときには確かになかった。
人の作る鉄の塊というものは,こんなにも容易く,田んぼの土に突き刺さり,聳え立てるものなのだと。
● おーい宮崎さんだ,宮崎さん呼んでこーい
てな具合なほど,何か,人間に対する思いがふつふつと思い起こされる。
おーい宮崎さんだよお,あの,映画撮ってる,髭の,藤子不二雄さんと仲の悪い,
● ノスタルジーかき乱され
耳を澄ますと,クエ,クエと鉄塔の突き刺さる,その許から泣き声が聞こえる。
何の音なのか,夜の闇に少し不気味に聞こえ,
鉄の囲いで中も土も下も見えず,しかし,何の音なのか,クエ,クエと言うよく分らぬ点に満足した気がする。
だから,定期的にチャリで回っている警備の人の前で立ち止まり,どうどうとカメラを構えたのだ。